MURMUR

 

2007.11.09 (FRI.)

 

過去

 

また自主療養。会社へ行っても何もやることないし。そんな雇用ってあるんだろうか。それでも他の人たち みんな出勤してるんだけどさ。そしてさりげなく何もしていないんだよね。

ママの指輪を失くしてから何日も経つけど、左手の中指の不自然さが消えない。親指で中指を探る癖も 変わらない。そこで多少の出費を覚悟して、ママの代から懇意の店まで出かけて行った。前は近所に あったんだけど、町が廃れてちょっと遠くに店が引っ越してしまったから休みのとき位しか行けなくて。
失くした指輪は金の平打ちでずっとつけたままでも気にならなくて、そんな話をお店でもしていたところが、 最近はあまり金のシンプルな指輪ってないんだって。それで「こんな感じならいい!」という、シンプルで プラチナにラインが一本入ってる指輪が確かに気に入ったんだけど、相当予算オーバーで頭を抱えてしまったの。 そりゃ貴金属だって大好きだけど、何十万の指輪を買うならそのお金で旅行に行く、という主義だったし。
うんうん唸ってる私に、昔から知ってるお店のおねーさん(おばさん?)が、たぶんママのその指輪も 以前ネックレスとかを潰して作った指輪だったんじゃないかって教えてくれた。だから何か要らない金を使って 作ったらどうかって。
そこでとある金のネックレスのことを思い出して、それを使うことにしたんだ。もともと潰してブレスレットか 何かにしたいって言ってた結構重い代物があって。

ほとんど着けたことなかったけど、そのネックレスには思い出がある。それも理由でこれからも使うことは ないと思ってた。でもそれを変形させて毎日身に着けるものに変えるんだと思ったらちょっと不思議な感じが した。
それを身に着けたいと思っている訳じゃないのに、それを使って身に着けるものを作るってことは、もしかして 「進歩」なんじゃないかって思う。いい過去も悪い過去も変えられないし、二度とそれ自体を味わう ことはない。思い出すだけで。この指輪に関してはいい過去だけれどやっぱり戻れない過去。 大切にとっておいて死ぬまで使わずにおいただろうそれのカタチを変えて身に着ける。

眺めた景色がどんなにきれいで感動的でも、留めておくことができない切なさが更にその景色を美しくさせる ことってある。でも、この指輪は留めておくことを自分でやめるようなもの。

私って、なんでも物が捨てられないし手放せない。でも今日オークションの出品に初挑戦してみた。 しかもその内のひとつは靴!売れるかどうかわからないけどやってみるとなかなか快感。・・・そう 思いながらもなんとなく、入札しずらい金額設定しちゃったけど。
まだ初めだから「これも売っちゃう!」と思った筈のもう一足の靴の写真を見ながら、「うーん、でも 履くかも」とか躊躇したりもして。。。
それでも買う方は更に更に重度のビョーキで、先日もよく行く洋服屋さんで「兎烏さん、結構話題のヒト」とか 言われて(たぶんビョーキだって話)青ざめちゃったし、使わないものはどんどん手放さないと。と、決意を 固める初体験の夜。

一緒に懐メロ、口ずさみながら水槽の掃除した。全然違うキーで。ジンさんと仲良しだった夏が、 留めておけない桜の季節や雪の景色のように瞬く間に消えた。 昔愛してくれた人も二度と会わない。もう愛してはくれない。自分だけが、着ることのない服のように ただただ蓄積されていく。出番がなくても私がチョイスした服だもの、すべてそりゃースバラシイ服ばかり。 ときどきある「え?なんでコレ買ったの?」っていうのは酔った夜のようなもの。これから明るい未来が 訪れるかどうかは甚だ疑問ではあるけど、誰かセンスのいい人が私を選んでくれないか、と念じながら 今日も眠ることにする。