MURMUR
2007.01.07 (SUN.)
懐古主義には理由がある
私の部屋は非常に乱雑である。買い物狂いは服や靴に限らず、部屋でものすごい量なのは本だ。文庫本や 単行本、雑誌やコミックも、いつからか趣味のように収集してきた料理本もすごい。 その他にもカセットテープや
CD も置き場がなくなり乱雑に雪崩れそうに なりつつ積まれている。 ベッドでは布団の上に更にVOGUE を掛けて寝ている。 ときどき蹴り落とした雑誌の音で目が醒める。最近、先日の
JACKS もそうだけど、なつかしい CD を買ったりしている。レコード盤なら持って る、というのとか。カセット・テープはやっぱり取り出すのが大変過ぎるのとか。今日聴いているのは、大雪の中を宅配便で到着したての
YAPOOS 。 カスタマー・レビューを見ると、戸川純のひきあいによく椎名林檎の名前が挙がっているようだ。 椎名林檎も嫌いではない。でもやっぱり純ちゃんはパンクなんだよー。 POPS じゃないんだよー。
今日は前述したように大変な天気だった。昨日も一日中雨混じりの雪が降っていたけど、今日は益々雪。
この冬はこれまで雪が降らなくて、スキー場は大変だったみたい。しかし一度にこんなに降らなくても・・・
と里の私は思う。年末からひき続けている風邪が治らないのに、二度雪かきをした。
テニスができない代わりの運動にはなったけど、家でまたもや鍋を食べまくることになってしまった。
苦しい・・・。
雪が降り続いていたので、二度目の「レクイエム・フォー・ドリームス」を観て重くて詩的な気分になった。
昨日久しぶりにジンさんの声を聞いた。もう止めるとか、やっぱり止めないとか、全く当の本人は意に
介していないのに日々葛藤している。葛藤している折に電話をくれて(ヒトのアドレス訊かれただけだけど)、
それから明日の試合会場にはまた彼女がいるのだと思い当たり、再びただそんな葛藤葛藤また葛藤なだけ。
新しい年が明けても、とりあえず新しいことは起こらない。すばらしいことも起こっていない。
少し前に「ロックンローラーは思想家ではない」みたいなタイトルで書こうと思ったことがあった。
清志郎が癌だと報道される少し前のことだ。新しい音楽のことが全くわからなくて、昔からいる
ミュージシャンの新しい音楽を聴けばいっか、と思ったんだけど、昔かっこよかったミュージシャンも
すっかり落ち着いてしまって。だけどそれは才能が枯れたり、落ちぶれてしまった訳じゃないんだろうと
思った。家庭を持って、自分の子供が幼稚園や学校に通い成長していくのに、アナーキーな格好をして
「夜が暗いから死のう」とか言う訳にはいかないんだと思った。私がただ同じように成長していないだけで、
同じように儲かったりもせず、同じように家庭を持っていないだけで、批判する筋合いはないと思った。
もともとロックンローラーは思想家じゃないんだと。
そんな頃に清志郎の、タイトルも忘れてしまったけどわりと最近の曲でストレートに「ロックに思想は
いらない」みたいなことを明るく言われてしまい、なんだか妙にがっくりきちゃった。
いつでもかっこよくいる為に、ずっと退廃的な生活をして退廃して死んでしまえとは決して思わない。
だけど自分の中には、ある夜に突然首を吊りたくなったり、太腿の動脈をかき切ったりしたくなる何かが
なくならないままに存在する訳で。
だから私は、昔かっこよかったミュージシャンの、かっこよかった音楽を聴くことにした。もちろん今でも